古き佳きものが廃れていくのを黙って見ていられない

釈台と呼ばれる小さな机に座り、張り扇でパンパンとリズミカルに音を鳴らしながら、ドラマチックに物語を展開していく講談。そんな伝統芸能の世界で活躍の幅を広げている女性の講談師がいます。神田京子さんです。トレードマークのキュッと結い上げたお団子頭で、軽快な出囃子とともに満面の笑顔で舞台に上がれば、会場の空気はパァーっと華やぎます。舞台の上はもちろん、舞台を降りて近くでお話をしていても、京子さんの薄化粧のお肌は輝き、飾らない自然体な存在は場を明るく照らします。

そんな京子さんと講談の出会いは、大学時代。寄席で初めて講談を見た半年後には入門していたというのですから、その出会いはまさに運命。
「寄席には、今でこそ若い方にも来ていただいていますけど、当時はお歳を召した方がほとんどで盛り上がっているとは言えない状況で。もともと、廃れそうなものを見ているのが嫌というか、燃えるタイプなので(笑)」

「時が経ったら無くなりそうなものをそのままにしておくのがなんだかさみしく感じてしまって。それで、『わたしがなんとかしなきゃ』っていう気持ちになっちゃったんです。そして、後に師匠となった二代目神田山陽の生涯最後の高座を目にしたときに、説明できない涙を流してしまったほど感動してしまったのが入門への決定打。この感動を感動のまま終わらせてはいけない気がして、翌日には弟子入りを志願したんです」

表面に現れない繊細な気持ちや人間らしさを台詞にのせて

舞台に上がった京子さんは、まずお客さんとコミュニケーションをとったり、冗談を言って笑わせたりします。そして客席がほんのり温まったところで、するりと自然に本題に入っていきます。その本題=演目を決めるのは話す直前、自分の中の「わくわく感」が決め手になるんだそう。
「学生の頃から、その瞬間にわくわくすることに正直に生きよう、って思っていて、高座に上がる時もそういう気持ちを持っているんです。だから、お客様の雰囲気とか前の人の演目の内容とかを見て、話し出す直前で演目を決めることが多いですね。会場を見渡して、今日このお客様にお話することで、自分がわくわくできる演目って何かな、って考えて決めています」

本題に入ると、京子さんは凛とした表情、やわらかな表情、悲しみを纏った表情など、くるくると表情を変えながら、一人でさまざまな人物を演じ分けていきます。彼女が演じると、どんな登場人物にもどこかキラリと輝く部分が浮かび上がり、強がりや弱さもまた魅力的に感じられます。それは京子さんの物語の登場人物に寄り添う気持ちの表れです。
「たとえば怪談話もおどろおどろしく話すのではなくて、切なさを台詞に乗せていくんです。勧善懲悪な話に出てくる悪者も、実は悲しみや辛さを抱えているかもしれないから、そういう表には出ていない感情を台詞にのせて描く。そういうことに気づいてから、自分らしく話すことができるようになりましたし、講談がより楽しくなってきました」

どんな時もありのままを受け入れ今の自分を表現すること

自身にとって講談とは? と問うと「人生は、いい時もよくない時もある。でも、講談は、どんな時も自分らしくいさせてくれる」と京子さん。
「物語の中に、自分のその時々の心境を注入することができるから、感情を抑えたり隠したりする必要が全くないんですよね。講談をやっていると、いつもその時の自分でいられる。それに、年齢を重ねていろいろな経験をすることは、物語の新たな理解につながるから、歳をとることもプラスに思えます。年齢を重ねてこそ、やりたいネタも出てくるでしょうしね。これからも、どんどんやりたいことが増えていくと思うと楽しみです。覚えられるうちにたくさん覚えなくちゃ、と思っていたんですけど、歳をとったらとったで、時間をかけて覚えればいいかなって(笑)」
京子さんのお話を聞いていると、年齢を重ねることは素敵なことだと改めて感じます。その年齢その年齢での自分をありのままに受け入れて、それを清々しくポジティブに感じる。それは、彼女の講談のスタイルでもあり、同時に、彼女の生き方そのものであるのかもしれません。
最後に、自分のこれからの生き方をどんなふうに考えているのか、そして、京子さんの考える「美」について伺いました。

「〝芸は人なり〟っていう言葉が残っているんですけど、芸事も、最終的には、人そのもの。だから、今は、いろいろな経験をして内面を磨いていきたいと思っています。蓄える時期みたいなものがあってこそ、ライトを浴びた時に輝けるし、それを素直に楽しめるのが芸の世界かもしれませんからね。それに、美しさって、飾るものではなく、内に宿るものというか、最終的にその人が纏っている空気みたいなものかなと思っています。それは、師匠、二代目山陽の存在が教えてくれたこと。亡くなるまでの1年3ヶ月を側にいさせていただいたのですが、力の入っていない自然体の状態がとても輝いていたんです。私も、講談をやり続けて、自分なりの清々しい空気を纏った人になれたらいいなと思いますね」
(取材・原稿:内海織加、撮影:宮川ヨシヒロ)
協力:浅草演芸ホール

左)「真打に昇進した2年後に男の子を出産して一児の母になりました。寄席や地方での出演も多いのですが、詩人の主人と協力しながら子育てしています」
中)「前座修行中は、着物で大学に行って、そのまま演芸場に通う日々。楽屋では、先輩方が気付く前に着物をハンガーにかけたりお茶を出したり。空気になることに徹していました」右)「89歳の師匠への弟子入りってなかなかないことなんですけど、私は師匠の空気をいただくだけでいいっていう気持ちで。〝きょうこ〟っていう名前は、今日突然来たからって、師匠のダジャレです」

講談師 神田京子

岐阜県美濃市出身。日本大学芸術学部放送学科卒業。在学中の平成11年二代目神田山陽(かんださんよう)に入門。他界後、神田陽子(かんだようこ)に師事。平成26年真打昇進。都内の寄席に出演の傍ら、独演会・地方公演・海外公演・他ジャンルとのコラボレーションなど、積極的に展開。華やかでキリッとした語り口で人気を博している。夫は詩人・桑原滝弥。日本講談協会、公益社団法人落語芸術協会に所属。